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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)12346号 判決

原告 ゲラン・ソシエテ・アノニム

右代表者取締役 ブリュノー・ジリイ

右訴訟代理人弁護士 小原望

右訴訟復代理人弁護士 叶智加羅

右同 東谷宏幸

被告 株式会社ゲラン

右代表者代表取締役 伊藤裕教

被告 角学

右両名訴訟代理人弁護士 山本忠雄

右同 和田徹

主文

一  被告株式会社ゲランは、「株式会社ゲラン」の商号中「ゲラン」部分の表示を使用してはならない。

二  被告株式会社ゲランは、大阪法務局昭和四九年六月二〇日受付の設立登記「株式会社ゲラン」の商号中「ゲラン」部分の抹消登記手続きをせよ。

三  被告株式会社ゲランは、原告に対し、金二五〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和六三年一月一五日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告角学は、原告に対し金五〇万円及び内金四〇万円に対する昭和六三年一月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、原告と被告株式会社ゲランとの間においては、原告に生じた費用の五分の四を被告株式会社ゲランの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告角学との間においては、原告に生じた費用の三分の一を被告角学の負担とし、その余を各自の負担とする。

七  この判決は第三項、第四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社ゲランは、「株式会社ゲラン」の商号中「ゲラン」部分の表示を使用してはならない。

2  被告株式会社ゲランは、大阪法務局昭和四九年六月二〇日受付の設立登記「株式会社ゲラン」の商号中「ゲラン」部分の抹消登記手続きをせよ。

3  被告角学は、その経営する大阪市北区曽根崎新地一番七号所在のブティックの店舗、看板、包装紙等に「ゲラン」という表示を使用してはならない。

4  被告らは、原告に対し、各々金五〇〇万円及びこの内各金四五〇万円に対する昭和六三年一月一五日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  第4項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (被告らの不正競争行為)

(一) 原告の営業とその使用表示の周知性

(1) 原告は、その肩書地に本店を有し、香水、化粧品の製造販売を主たる事業とする株式会社(フランス法人)であり、現在、アメリカ、イギリス、日本、カナダ、ブラジル、ベルギー、オランダ等の世界二〇数カ国に原告一〇〇パーセント出資の販売子会社を有している。

(2) 原告は、一八二八年に、ピエール・フランソワ・パスカル・ゲランがパリのリボル街に香水店を創立したことを嚆矢とし、一八九七年一月に創立された香水、化粧品の製造販売を主たる事業とする株式会社であるが、その香水は当初より世界的に有名であった。特に一九一九年(大正八年)に発表された、小説「ラ・バタイユ」に描かれた日本女性「ミツコ」の名を冠した香水「ミツコ」、あるいは一九三三年(昭和八年)に発表された「夜間飛行」は、世界的にも著名な香水である。

(3) 原告の、日本への進出は、昭和二〇年ころ日本において原告製品の販売がなされたことを初めとするが、このころ既に世界的に有名であった前記香水「ミツコ」あるいは「夜間飛行」について、日本においても強力に広告、宣伝が行われた。当初、ゲランの香水、化粧品を扱っていたのは、東京では和光、高島屋、三越、伊勢丹、大阪では大丸、高島屋、名古屋では松阪屋、オリエンタル中村等の百貨店と専門店であった。

原告は、昭和三五年にスイス法人の商社であるシイベル・ヘグナー・コンパニー・リミテッドと同社を日本における総代理店とする契約を締結したが、同社の日本営業部は事業拡大に伴い昭和四〇年六月に、法人として独立し日本シイベル・ヘグナー株式会社となり、ゲランを扱う独立した事業部門としでゲラン部が設置された。

昭和四二年には、ゲラン香水スプレーとオーデコロンスプレーが日本で新発売されたが、そのころ、原告は婦人画報等の婦人雑誌に一ページ大の宣伝を載せ、「パリが育てた香りの芸術――ゲラン」等というコピーでキャンペーンがなされるなど、各種の雑誌類を使った宣伝広告がなされた。

以上のような経過ののち、昭和四五年四月には、前記した日本シイベル・ヘグナー株式会社のゲラン部を発展解消させるものとして、原告と日本シイベル・ヘグナー株式会社により出資比率五〇対五〇のゲラン株式会社が設立されたが、さらに昭和五一年四月には業績拡大により、同社は原告一〇〇パーセント出資の完全な原告の子会社に発展した。

(4) 原告の名称(商号)のフランス語表記は「GUERLAIN・SOCIETE・ANONYME」であり、これを日本語で表記すると「ゲラン・ソシエテ・アノニム」となるが、ソシエテ・アノニムは、株式会社の意で、会社の種類を示す部分に過ぎないから、右名称(商号)の要部は、「GUERLAIN」ないし「ゲラン」の部分である(以下、これを「本件表示」という。)。

しかるところ、本件表示は、上記(1)ないし(3)の経緯により、昭和二〇年ころには、日本国内において原告の営業表示として周知となった。

(二) 被告株式会社ゲランの営業とその使用表示

被告株式会社ゲラン(以下、「被告会社」という。)は、大阪市に本店を有し、繊維製品の販売を主たる目的として、昭和四九年六月二〇日、右商号の下に大阪法務局同日受付をもって設立登記された株式会社であり、男性衣料品の製造卸売を主たる事業としている。

被告会社は、その登記商号である「株式会社ゲラン」を営業表示として使用している(以下、これを「被告会社表示」という。)。

(三) 被告角学の営業とその使用表示

被告角学(以下、「被告角」という。)は、昭和五四年八月、大阪市北区曽根崎新地一番七号に店舗を開設し、爾来、同所で輸入雑貨、国内雑貨及び女性用高級衣料品を取り扱う店舗を経営している。

被告角は、当初、右店舗において「GELAN」とローマ字で横書きした名称(以下、「被告角第一表示」という。)を使用していた。これに対し、原告が、本訴提起前、右表示と本件表示の類似性を指摘して変更を求めたところ、被告角は、変更を約した。しかし、被告角は、その表示を「GELAN」のスペルのGの前に小さくsをつけた「sGELAN」(以下、「被告角第二表示」という。)と改めたのみで、店舗、看板、包装紙等に同表示を使用し、経営を継続していた。

被告角は、本訴提起後、その表示を再び変更し、現在のところ「BEL AIR」(「ベル エア」)という表示を使用して右店舗を経営している。

被告角は、右のように、現在は「ゲラン」の表示を含んだ営業表示の使用を中断しているが、前記名称変更の経緯と本訴における被告角の主張からみると、同被告が再び「ゲラン」の表示を含んだ営業表示を使用する意思を有していることは明らかである。

(四) 表示の類似性

被告らの表示は、いずれも原告の表示と類似する。

(1) 原告の周知営業表示である本件表示は、原告の創始者 ピエール・フランソワ・パスカル・ゲランからとったもので、称呼及び観念において顕著な特異性を有する表示である。

(2) 被告会社表示である被告会社の商号「株式会社ゲラン」のうち、「株式会社」の部分は、会社の種類を表すものにすぎず、他の名称と区別すべき特徴のある部分ではないので、省略されることが多い。被告会社表示の要部が「ゲラン」の部分にあることは明らかである。しかるところ、右は本件表示と同一であるから、原告と被告会社の営業表示は類似する。

(3) 被告角第一表示は、そのアルファベット表記の日本語読みより「ゲラン」の称呼、観念を生じ、本件表示と同一の称呼、観念を生じるから、本件表示と類似している。被告角第二表示は、被告角第一表示「GELAN」の頭部にアルファベットのsを小さく付記したものにすぎない。その要部が「GELAN」の部分にあることは明らかである。したがって、被告角第二表示も、被告角第一表示と同様「ゲラン」の称呼、観念を生じるものであり、本件表示と類似する。

(五) 混同のおそれ

原告は、現在香水、化粧品の製造販売をなすものであり、被告会社は衣料品を卸販売、被告角は雑貨、衣料品を小売販売するものであり、それぞれ事業内容を異にしている。しかし、左記に述べるような事情に照らすと被告らが、それぞれ、被告会社表示、被告角第一、第二表示を使用して右事業を行う行為は、原告の営業活動と「混同ヲ生ゼシメル行為」(不正競争防止法一条一項二号)にあたるというべきである。すなわち、

(1) 近年の営業規模の拡大、企業の多角経営化、交通手段の変革、広告技術の革新等の状況下では、右の「混同ヲ生ゼシメル行為」には、周知の他人の営業表示と同一又は類似の営業表示を使用するものが、右他人と同一の事業グループに属する等、営業上何らかの密接な関係にあると誤認させる行為すなわちいわゆる広義の混同行為を含むと解するのが一般である。右両者間に狭い意味の競争関係があることは、必ずしも必要ではない。

(2) そして、本件のように、香水、化粧品と衣料品等を商品とする営業主体間において、右広義の「混同」の有無を検討する際には、今日、トータルファッションの時代と言われる時代背景をも考慮に加えなければならない。

すなわち、香水、化粧品、衣料品は日常生活において通常密接に関連して使用され、顧客階層も共通し、同一店舗内あるいは密接した売場内で販売されているものである。このような状況の下で、沿革的に香水等の単一品目を手掛けてきたものも、顧客の多様なニーズに対応して、多角的に業務を拡大し、多様な商品の販売に移行する傾向にあることは顕著な事実であり、逆に、本来洋服デザイナーであったものが、毛布、シーツ、さらには家具等に至るまで同一の表示を付したうえで製造、販売する傾向にあることも、また顕著な事実である。そして、右のような単なる一般的傾向のみならず、原告は、顧客の要望もあり、今後、香水、化粧品以外の分野への進出も検討中である。

(3) そうすると、本件のように、香水、化粧品と衣料品というように取扱商品が異なっても、営業表示が同一または類似のときは、需要者が両者間に営業上密接な関係があるものと誤認混同するおそれのあることは明白である。不正競争防止法一条一項二号の「混同」は認められる。

(六) まとめ

以上によれば、被告会社は、原告の周知営業表示と類似する被告会社表示を用い、あたかも原告と業務上、組織上関連するものとの誤認を生じさせ、その営業主体において混同を惹起しているといえる。

また、被告角においても、同様に、原告の周知営業表示と類似する被告角第一、第二表示を用いて営業を営み、右各表示を店舗、看板、包装紙等に用い、あたかも原告と業務上、組織上関連するものとの誤認を生じさせ、その営業主体において混同を惹起させていたものであり、今後もこれを惹起させるおそれは十分にある。

被告らの右行為が、不正競争防止法一条一項二号の不正競争行為にあたることは明らかである。

2  (表示の差止請求)

被告らの前記各行為は、原告が長年の企業努力によって獲得した本件表示の顧客吸引力ないし指標力を希釈化させ、積年の宣伝活動によって得られた本件表示の高級イメージにただ乗りし、これを不当に利用利得するものである。原告の投下資本の回収が阻害され実質的に原告の営業上の利益が害されるおそれのあることは明らかである。

被告会社は、現に被告会社表示を使用し、被告角も、前記1(三)に述べたように「ゲラン」の表示を含んだ営業表示を再使用する意思を有していることは明らかであるから、被告会社のみならず、被告角も、不正競争行為を「為ス者」に該当する。

よって、原告は、被告らに対し、不正競争防止法一条一項二号の規定に基づき右被告らの表示の使用差止を求める。

3  (損害賠償請求)

(一) 被告らは、故意または過失により、前記不正競争行為をし、原告の営業上の利益(営業上の信用)を害し、原告に多大な損害を与えた。

右損害の評価に際しては、左記事情が斟酌されるべきである。すなわち、

(1) 原告は、自己の商品の広告、宣伝活動に関して多大な費用を投入しており、昭和六二年における日本における広告、宣伝費用は、年間金三億八八七七万二〇〇〇円にのぼっている。また、日本国内を含めていわゆるゲラングループ全体では、年間約一〇〇億円の費用が費やされている。

(2) また、原告は、被告らの行為にみられるような不正行為の有無を監視し、自己の信用を保持するため、次のような費用を負担している。

すなわち、原告は、工業所有権及び著作権の国際的保護を目的とするフランス公益社団法人であるユニオン・デ・ファブリカンに加盟し、右法人の活動援助等のため、日本円に換算して金四〇〇万円を年会費として納めているのみならず、自らも、個別に偽ブランド製品の販売やブランドの不正使用行為等の監視、調査を行っており、そのための費用も決して看過できない額となっている。また、原告は、世界各国における商標出願等のため、いわゆるゲラングループ全体で年間約一億円もの費用を出捐している。

(3) そして、被告らの行為にみられるとおり、今日なお不正な競業行為はあとを断たず、原告としては、今後も右活動を継続しなければならないため、将来にわたる費用の出捐を余儀なくされるが、このような事情も右損害額の算定に際しては斟酌されるべきである。

(二) 以上に述べた事情を総合考慮したうえで、原告が被告らの信用棄損行為によって本訴提起時までに被った損害を金銭的に評価すると、被告ら各々につき少なくとも金四五〇万円を下ることはない。

(三) また、本訴は、被告らが、原告の文書による名称使用中止請求を無視して不法行為等を継続したため、提起を余儀なくされたのである。そして、原告が外国に住所を有する外国法人であることや本件訴訟の特殊性に鑑みると、原告自身で訴訟を遂行することは不可能であり、弁護士費用のうち各々五〇万円は前記不法行為と相当因果関係のある損害として被告らが負担すべきものである。

よって、原告は、不正競争防止法一条一項二号の規定に基づき、被告会社に対し商号中「ゲラン」部分の表示の使用差止、被告商号中「ゲラン」部分の抹消登記手続きを求め、被告角に対しては、原告の営業表示の予防的使用差止を求めるとともに、同法一条ノ二第一項の規定に基づき、被告らに対して、それぞれ信用棄損に基づく損害金四五〇万円及び弁護士報酬相当の損害金五〇万円の合計五〇〇万円並びに右信用棄損に基づく損害金四五〇万円に対して不法行為の後である昭和六三年一月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1(被告らの不正競争行為)について

(一) 同(一)(原告の営業とその使用表示の周知性)(1)ないし(3)の事実は不知。同(4)の事実は否認する。ただし、原告主張の本件表示が、日本国内の香水の分野で周知であることは認める。

(二) 同(二)(被告会社の営業とその使用表示)の事実は、被告会社は認める。

(三) 同(三)(被告角の営業とその使用表示)のうち、被告角が肩書地所在の店舗において原告主張の営業を行っていること、かつて、原告主張の表示を使用していたことがあること、本訴提起後、名称を変更し、現在「BEL AIR」の名称で店舗を経営していることは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、被告角が「ゲラン」を含んだ表示を再使用する意思を有していると主張するが、被告角は、本訴提起後の昭和六三年五月ころ、多額の出捐をして、店名を現在の「BEL AIR」に変更したが、店名変更後も何ら売上の減少を生じていない。被告角が、将来再び「ゲラン」の表示を使用する意思を有していないことは明らかである。

(四) 同(四)(表示の類似性)は争う。

本件表示は、フランスではよくみられるところの姓であり、称呼及び観念においてなんら特異な顕著性のないものである。また、被告角第一、第二表示に共通する「GELAN」はフランス語では、ジェロンと発音される。したがって、右両表示は本件表示と類似しない。

(五) 同(五)(混同のおそれ)の主張は争う。

原告の主張は、左記理由により失当である。

(1) 本件表示の周知性の限界について

原告は、被告らの営業との広義の混同を問題にしているが、広義の混同が生じるといえるためには、その表示を有するものが、多種の業種に進出し、複合企業化する傾向を有していると一般的に考えられるほどの大企業であることが必要である。しかるところ、原告が、その様に考えられるほどの大企業でないことは明らかである。

また、原告は、いわゆる広義の混同が生じる根拠として、トータルファッションの時代ということを主張し、シャネル等を例にするが、シャネルと原告とでは規模、著名度において格段の差があるうえ、シャネルは、服飾デザイナーから出発し、原告は薬学者が起こした会社であるという決定的違いがある。他のトータルファッションの例とされるブランドにおいても、大抵が服飾デザイナーが出発点であるという点において違いがある。したがって、そのような風潮が一般的に言われるところであると認められるとしても、各業界によりその意味するところはまちまちである。そのうえ、原告のような特殊な個性を有する会社においては、右主張はあてはまらない。すなわち、原告は、右のように薬学者であるピエール・フランソワ・パスカル・ゲランにより香水専門店として、パリ市内に誕生したのであり、パリ市内における四つの直営店でしか自己の製品を販売しないということを一種の家訓とし、ながらくの経営方針としてきた。そして、比較的最近になって開始した海外の販売店においても、原告の支配下の香水専門店という枠を超えない経営方針をとっている。すなわち、原告は、その生いたちより確固として築き上げられた独特の経営政策からか、香水専門店に徹する方針を採っており、原告が、将来的にも衣料品分野を含む他業種の分野に進出することは全く考えられない。

右のような次第で、本件表示は「香水」そのものに化体されたものと一般に認識されており、仮にその外延を出来る限り拡張しても「化粧品」の分野に属する営業までであって、原告の営業と全く異なる営業を行う被告らの営業との間には、広義の混同すら生じる余地はない。本件表示が不正競争防止法一条一項二号の保護を受けるのは、香水または化粧品小売店の営業表示に関してであり、他の商品を取り扱う営業表示についてまで類似表示の使用差止を求めることは、許されないものといわなければならない。

(2) 誤認混同が生じないことについて

(イ) 現在、東京の銀座には、「ゲラン」という営業表示を使用する有名な女性洋装の小売チェーン店があって盛大に営業をしているが、そこでも原告との間には何ら誤認混同を生じていない。まして、男性用衣料品を取り扱う被告会社との間では、実際に誤認混同が生じていないのはもちろん、そのおそれもない。

(ロ) 被告会社は、原告も認めるように、衣料品の製造卸売業者であり、比較的規模は小さいが、グレードの高い高級な製品を扱う堅実な優良企業として、業界において広く周知されている。しかも、被告会社は、創立以来今日までの一四年間、一度も香水はもちろん化粧品すら取り扱ったことはなく、ことさらに原告と何らかの関係があるかのように宣伝広告を行ったこともない。

したがって、被告会社の製品の出所が被告会社であることは明らかであり、原告との関連性を誤認されることはあり得ず、誤認混同の問題は生じない。

(ハ) 原告の請求は、原告表示の独占的使用権の範囲を著しく拡張しようと企て、被告会社の正当な営業活動を阻害せんとするものであり不当である。

2  請求原因2(表示の差止請求)の主張は争う。

3  請求原因3(損害賠償請求)について

同(一)(1)ないし(3)の事実は不知。その余の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(被告らの不正競争行為)について

1  同(一)(原告の営業とその使用表示の周知性)について

《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、その肩書地に本店を有し、香水、化粧品の製造販売を主たる事業とする株式会社であり、現在、アメリカ、イギリス、日本、カナダ、ブラジル、ベルギー、オランダ等の世界二〇数カ国に原告一〇〇パーセント出資の販売子会社を有している。

(二)  原告は、一八二八年にピエール・フランソワ・パスカル・ゲランがパリのリボル街に香水店を創立したことを嚆矢とし、一八九七年一月に創立された香水、化粧品の製造販売を主たる事業とする株式会社であるが、特にその香水は世界的に有名であり、なかでも香水「ミツコ」あるいは「夜間飛行」は、世界的に著名な香水である。

(三)  原告製品は昭和の初期のころから日本に輸入され販売されはじめたが、昭和三五年には、原告とスイス法人のシイベル・ヘグナー・コンパニー・リミテッドとの間で総代理店契約が締結され、日本国内において同社を総代理店とする販売が開始された。その後、同シイベル・ヘグナー・コンパニー・リミテッド日本営業部は、業務拡張に伴い、昭和四〇年ころ、日本における子会社として、日本シイベル・ヘグナー株式会社となるが、同社内には原告製品を専門に扱うゲラン部が新たに設けられた。

そして、その後、昭和四三年ころまでの間に、「婦人画報」誌上において、「パリが育てた香の芸術―ゲラン」等のコピーを用いたキャンペーンがなされ、「婦人公論」「ミセス」等の婦人向け雑誌に定期的に広告が掲載され、また百貨店のギフト商品の広告に原告製品が「世界の一流ギフト」と紹介されたりして、原告の名称を略した「ゲラン」の表示はフランスの高級な香水会社の営業表示として一般消費者の間に浸透していった。また、一方では、そのころ、販売員向けに「ゲランニュース」が出されるなどして広告・販売の両体制が強化されていった。

(四)  以上のような経過ののち、昭和四五年には、右日本シイベル・ヘグナー株式会社内のゲラン部が、発展解消する形で、原告と日本シイベル・ヘグナー株式会社が五〇パーセントずつの割合で出資する「ゲラン株式会社」が設立され、同社は、昭和五一年四月原告が全株式を保有する完全な原告の子会社となった。

右認定事実と、前記したようにシイベル・ヘグナー・コンパニー・リミテッドとの総代理店契約締結以前から香水「ミツコ」あるいは「夜間飛行」などの香水が世界的に著名で、日本国内においても相当程度知れ渡っていたと推測されること、原告製品は海外土産としても購入されるので単なる原告の国内の販売実績以上に日本国内で消費されているであろうことが推測されること、被告らも本件表示が香水の分野では原告の営業表示として日本国内で周知であることを争っていないこと等の諸事情を総合考慮すると、本件表示は、少なくとも原告と日本シイベル・ヘグナー株式会社とによりゲラン株式会社が設立された昭和四五年ころには、日本国内においてフランスの有名な香水会社すなわち原告の営業表示として周知となっていたものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  同(二)(被告会社の営業とその使用表示)の事実は当事者間に争いがない。

3  同(三)(被告角の営業とその使用表示)について

被告角が、大阪市北区曾根崎新地一番七号において原告主張の営業を行っていること、かつて原告主張の表示を使用していたことがあること、本訴提起後名称を変更して、現在「BEL AIR」(ベル エア)という名称で店舗を経営していることについては争いがない。右争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、被告角は前記場所において、昭和五四年八月に被告角第一表示(「GELAN」)を用いて、輸入雑貨、国内雑貨及び女性用高級衣料品を取り扱う店舗を経営し始めたが、昭和五七年九月原告から「ゲラン」なる名称の使用中止の要請を受けたことを契機とし、原告に名称変更を約したうえ、店舗の名称を「GELAN」のスペルのGの前に、小さくsをつけた「sGELAN」と改めて、店舗、看板、包装紙等に被告角第二表示(「sGELAN」)を用いて、経営を継続していた。被告角は、本訴提起後にその店名を「BEL AIR」(ベル エア)に変更し、現在は、右表示を使用して右店舗を経営している。

原告は、以上の経過を前提としたうえで、右名称変更の経緯と本訴における被告角の主張からみると、被告角が再び「ゲラン」の表示を含んだ営業表示を、使用する意思を有していることは明らかであると主張する。しかるところ、被告角が原告の前記要請を受けて行った名称変更が「GELAN」の前に小さくsの字をつけて「sGELAN」とするという程度のものでしかなかったことや本訴提起後の名称変更も原告主張の侵害事実を認めたうえでのことではないと認められることからすると、原告が右のように主張するのもあながち理解できないことではない。極く抽象的にいうのであれば、被告角が、「ゲラン」なる表示を再使用する可能性も絶無とはいえない。しかし、被告角本人尋問の結果によれば、同人が過去の侵害を認めているか否かはともかく、同人は、本訴提起後、店舗改装と同時に前示名称変更を行って現在の「BEL AIR」としたものであり、これに伴う包装紙の変更、看板の書替え等のために一〇〇万円程度の出捐をしていること、右の名称変更によって売上減少等格別の不利益は来さなかったことが認められる。そうすると、被告角が再び「ゲラン」の表示を使用しなければならない特段の事情は認められないというべきであり、被告角が、敢えて再び「ゲラン」の表示を使用する意思を有しているとは断定できない。現時点においては、右表示再使用の具体的可能性は認められないというべきである。

4  同(四)(表示の類似性)について

(一)  被告会社の営業表示である商号「株式会社ゲラン」及び被告角第一、第二表示は、いずれも原告主張の理由により本件表示に類似すると認めるのが相当である。

(二)  被告らは、本件表示について、それはフランスではごく平凡な人名に由来するものであって顕著性がなく、また被告角第一、第二表示の「GELAN」は、フランス語発音ではジェロンとなり称呼、観念が相違する旨主張する。しかし、仮に、そうだとしても日本国内においては、日本の一般消費者、需要者を基準に類否を検討すべきことは当然である。しかるところ、日本国内において右被告ら主張の事実が広く認識されていることについては何ら主張、立証がなく、そうである以上、右主張は当を得ないものであり排斥を免れない。

5  同(五)(混同のおそれ)について

不正競争防止法一条一項二号にいう「混同ヲ生ゼシメル行為」には、原告も主張するように、いわゆる広義の混同が含まれ他人の営業表示と同一又は類似の表示を使用する者と右他人との間に競争関係があることは必ずしも必要ではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五九年五月二九日第三小法廷判決、民集三八巻七号九二〇頁参照)。

しかるところ、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

すなわち、現在、いわゆるファッション関連企業の多くが、その名称ないし使用表示が一般消費者に浸透し、有名ブランドとして確立されたのち、そのブランドの著名性を利用して従来の自己の事業範囲に止まらずに、事業範囲を拡張し、関連商品分野に進出していること、また、服飾デザイナーの中には、服飾の分野に止まらないでその活躍の分野を広げていく者も多く、いわゆるファッション関連業界においては、その正確な定義はともかく、トータルファッションという言葉に代表されるように、企業の経営多角化の傾向が顕著であり、その企業の使用表示から連想される営業イメージが、従来の営業品目の範囲に止まらない傾向が顕著である。

そして、原告と被告らの営業品目について見るに、原告の営業品目である香水、化粧品は、その性質上、広い意味ではいわゆるファッション関連商品であるということができる。そして、現に、シャネルやクリスチャン・ディオールに代表されるように著名なファッションデザイナーの名称が香水のブランドとして使用され、このようなブランドを付した香水が数多く市販されているという事実もこれを裏づけるものであるということができる。

一方、被告会社の営業品目は、男性用高級衣料品、被告角の営業品目は、女性用高級衣料品ないし関連雑貨であり、それらがいわゆるファッション関連商品に位置づけられることは明らかである。原告と被告らは、ともに広い意味では、ファッション関連業界に位置づけられると解することができる。

そしてこれまでに見てきた本件表示の周知性、本件表示と被告らの営業表示の類似性、原告と被告らの営業の近似性等の事情を勘案すると、一般消費者、需要者において、被告らと原告が営業上何らかの密接な関係が存すると誤信するおそれのあることは否定できない。被告らの前示営業行為は、原告の営業上の施設または活動と混同を生じさせる行為に該当すると解するのが相当である。

被告らは、原告が創業以来、一貫して香水専門店として営業を続け、現在においても、香水、化粧品以外の製品を手掛けず、香水専門店に徹するという社是を有することから、原告の営業表示は「香水」に化体されており、他の業種の営業との混同のおそれはなく、「トータルファッション」という一般的傾向でもって、原告の営業が、服飾の卸店である被告会社あるいは小売店である被告角の営業と混同するというのは、失当であり、余りに混同の概念を広げ過ぎるものであると主張する。

確かに、原告が創業以来、香水の専門店として発展してきた前記経緯と香水の「ゲラン」としての周知性等の点を考えあわせると、本件表示は香水と強く結びついて一般消費者、需要者に認識されているものと認められる。そして、原告が過去に香水、化粧品以外の分野に進出したことがなく、今後、他業種に進出する可能性についても原告の日本子会社の社員である証人香住、同佐藤の証言以外にはこれを裏づける具体的資料がないことからすると、原告の営業は、当面のところ、現在の営業範囲に留まっているものと推認するのが相当である。しかしながら、被告らが主張する原告の社是が周知され、原告の商品といえば、香水や化粧品に限られ、それ以外の商品は原告のものではないとの認識が広く一般消費者や需要者の間に浸透していることを認めさせるに足る証拠はない。そうすると、原告の営業範囲が前示のように限られているとしても、そのことは一般消費者や需要者による広義の混同のおそれを否定する理由にはならないというべきであり、この点に関する被告らの主張は採用できない。

また、被告会社は、被告会社の商号は被告会社の営業表示として業界に認知され、それ自体周知であるから、原告とは十分識別され、混同のおそれはない旨主張する。確かに、《証拠省略》によれば、被告会社が、被告会社の属する服飾業界において、一定の評価をうけ、被告会社として、認識されていることは推認出来る。しかし、本件で問題にすべき一般消費者、需要者の間において、被告会社ないしその営業が周知であるとまでは認められず、被告会社の右主張は採用できない。

6  (まとめ)

以上のとおりとすると、被告らの前示営業行為は、あたかも原告と業務上、組織上関連するものとの誤認を一般消費者や需要者に生じさせ、営業主体の混同を惹起するおそれがあると認められる。

被告らの右各行為は、不正競争防止法一条一項二号の不正競争行為にあたるというべきである。

二  請求原因2(差止請求)について

以上に見てきたところによれば、原告は、被告らが、被告会社表示や被告角第一、第二表示を用いて前記営業行為を行うときは、原告は、その主張のとおり、その「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」にあたると認められる。

そして、被告会社は、現在においても被告会社表示を使用して前記営業行為を行っているものであるから、被告会社が不正競争防止法一条一項二号に該当する不正競争行為を「為ス者」であることは明らかである。

しかし、被告角が現在では本件表示と類似する表示は使用しておらず、かつ「ゲラン」を含む表示の再使用の意思も認められないことは前示のとおりであるから、被告角は、右の不正競争行為を「為ス者」とは認められない。

したがって、原告の被告らに対する各表示の使用差止請求は、被告会社に対しては理由があるが、被告角に対しては理由がないというべきである。

三  請求原因3(損害賠償請求)について

1  被告らの故意過失

(一)  被告会社が被告会社表示を用い設立登記をした当時、本件表示が原告の営業表示として日本国内において周知であったことは前示のとおりであり、被告会社の専務取締役で代表取締役の妻である証人伊藤も、右当時、原告をフランスの香水の会社として認識していた旨供述している。そうすると、右伊藤が供述するように被告会社の商号がその当時人気のあった「VAN」や「JUN」等をヒントに友人が発案したものを採用したものであるとしても、被告会社は、前記不正競争行為について少なくとも過失の責は免れないというのが相当である。

(二)  また、被告角が被告角第一表示を用いて前記店舗を開業した当時の本件表示の周知性は前示のとおりであり、被告角本人も、原告をフランスの香水の店として認識していた旨供述している。そうすると、右被告角第一表示が、同人が供述するように同人の発案にかかるものであるとしても、右被告角第一表示を自己の営業表示として使用するについては少なくとも過失の責は免れないというのが相当である。さらに、被告角第二表示を営業表示として使用することについても、既に原告より「ゲラン」の表示の使用中止を求められていたことを考慮すれば、被告角本人が供述するように単に知人を通して弁理士の意見を聞いたというだけでは、やはり過失の責を免れることは出来ない。

2  損害

(一)  右1で認定したとおり、被告らは、それぞれ少なくとも過失により、前記一認定の不正競争行為をしたものと認められる。そして、右行為は、客観的にみれば、前記のように原告が長年の企業努力により獲得した本件表示の著名性及びそれより得られる顧客吸引力ないし指標力を不当に利用して利得するものであり、原告の右企業努力の成果を実質的に減殺するものであるから、原告の営業上の信用(営業上の利益)は棄損され、原告は損害を被ったものと認めることができる。被告らは、不法行為に基づく損害賠償の責を免れないと解するのが相当である。

(二)  前記一1で認定した原告の営業に、《証拠省略》を総合すると、左記事実が認められ、この事実を基にして、原告の損害額を算定するのが相当である。すなわち、

(1) 原告は、創業以来、自己の商品である香水の宣伝広告活動に関して少なからぬ費用を投入してきた。その額は、被告角が営業を開始した昭和五四年には、年間五五一九万七〇〇〇円に達していたが、その後も着実に増加して昭和六二年には、年間三億六三一三万二〇〇〇円となった。また、日本国内を含めていわゆるゲラングループ全体では、年間約一〇〇億円の費用が費やされている。

(2) また、原告は、被告らにみられるような不正行為の有無を監視し、自己の信用を保持するため工業所有権及び著作権の国際的保護を目的とするフランス公益社団法人であるユニオン・デ・ファブリカンに加盟し、右法人の活動の援助等のため、日本円に換算して金四〇〇万円を、年会費として納めるのみならず、自ら個別に本訴のように偽ブランド製品の販売やブランドの不正使用等の監視、調査も行っており、そのための費用も出捐している。また、世界各国における商標出願等のため、いわゆるゲラングループ全体では、年間約一億円の費用を出捐している。

(三)  以上のような諸事情と、前記認定の被告らのそれぞれの営業の規模及び本訴提起までの営業期間等を総合考慮すると、原告が本訴提起時において被告らの不法行為によって被った損害として賠償を求めうる金額は、被告会社については金二〇〇万円、被告角については金四〇万円と認めるのが相当である。

(四)  また、原告が外国に住所を有する外国法人であること、本件訴訟の特殊性及び本訴提起に至る被告らの対応を考慮すると原告が本訴提起を余儀なくされ負担しなければならなくなった弁護士費用は、被告らの前記不法行為によって出捐を余儀なくされたものであり、そのうち被告らにおいて損害賠償の責を負うべきものは、被告会社については金五〇万円、被告角については金一〇万円と認めるのが相当である。

3  まとめ

以上のとおり、原告の被告らに対する損害賠償請求は、被告会社について金二五〇万円、被告角について金五〇万円及び被告会社について内金二〇〇万円、被告角について内金四〇万円のそれぞれに対する不法行為の後である昭和六三年一月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余の請求は認められない。

四  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、被告会社に対する請求のうち、その商号中「ゲラン」部分の表示の使用差止請求、商号登記中「ゲラン」部分の抹消登記手続請求並びに損害賠償請求のうち金二五〇万円及び内金二〇〇万円に対する不法行為の後である昭和六三年一月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告角に対する請求のうち、損害賠償請求のうち金五〇万円及び内金四〇万円に対する不法行為の後である昭和六三年一月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書後段を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 長井浩一 森崎英二)

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